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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)7336号 判決

国籍 大韓民国(慶尚北道義城郡鳳陽面粉吐洞)

原告(反訴被告)

馬明徳

右訴訟代理人弁護士

松原厚

国籍 原告に同じ

被告(反訴原告)

李正子

右訴訟代理人弁護士

中平健吉

中平望

主文

一  原告(反訴被告)と被告(反訴原告)とを離婚する。

二  原被告間の長女真木(昭和四六年九月一八日生)の親権者を被告(反訴原告)と定める。

三  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、金一二〇〇万円及びこれに対する本判決確定の日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告(反訴原告)のその余の反訴請求を棄却する。

五  訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを二分し、その一を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)の負担とする。

六  この判決は、第三項中金二〇〇万円の支払を命ずる部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(本訴)

一  請求の趣旨

1 主文第一項同旨

2 原被告間の長女真木(昭和四六年九月一八日生)の親権者を原告(反訴被告、以下「原告」という。)と定める。

3 訴訟費用は被告(反訴原告、以下「被告」という。)の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴)

一  請求の趣旨(予備的請求)

1 原告は、被告に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告の反訴請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二  当事者の主張

(本訴)

一  請求原因

1 原告と被告は、いずれも国籍を大韓民国とする在日外国人であるところ、両名は、昭和四五年一一月八日婚姻し、長女真木(昭和四六年九月一八日生)をもうけた。

2 (離婚原因)

(一) 被告は、婚姻当初から一貫して原告に対する愛情や信頼に全く欠け、何事につけても実母を頼りにして頻繁に実家に帰る等独立性が欠如しており、また、一度言い出したら利かない我がままな性格であった。

(二) 原告は、被告に対し、毎月相当額の家計費を渡していたにもかかわらず、被告は、その相当部分を自らの衣装代に使うなどの濫費癖があり、家事も全く不出来であった。

(三) 原告は、昭和五三年スナックを開店したが、被告は、同店の「ママ」として雇った女性らと原告との関係を邪推して、原告を強く責め立てたり、近隣の人々や親戚の者にその旨言い触らしたりした。

(四) 昭和五七年三月二五日、被告は、原告に対し、右女性らとの関係を責め、暴言を吐いて泣きわめいたため、原告は、被告に対し、実家に帰るよう言ったところ、被告は直ちに実家に帰った。

(五) 被告は、昭和五七年一〇月東京家庭裁判所に家族関係調整の調停を申し立て、試験的別居の調停が成立したが、その後、事態に変化はなかったので、原告は、昭和六〇年一二月東京家庭裁判所に調停を申し立てたが、昭和六一年四月一八日不調となり、今日に至っている。

(六) なお、原被告間の長女真木は、右(四)の約一週間後から被告と同居しているが、原告は今日まで同女の養育費を被告に送っており、真木も原告を慕っている。

右のとおり、原被告間の婚姻関係は完全に破綻に帰しており、その原因は被告にある。

よって、原告は、法例一六条により本件離婚の準拠法とされる夫の本国法である大韓民国民法八四〇条六号(日本民法七七〇条一項五号)に基づき、被告との離婚を求める。

なお、原被告間の長女真木の親権者を原告と定めるのが相当である。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2(一) 請求原因2(一)の事実は否認する。

(二) 同(二)の事実は否認する。

(三) 同(三)の事実は否認する。ただし、後記のとおり、原告と女性らとの関係を推認するに足る原告の言動があった事実はある。

(四) 同(四)の事実のうち、被告が昭和五七年三月二五日実家に帰ったことは認め、その余は否認する。

(五) 同(五)の事実は認める。

(六) 同(六)の事実のうち、真木が被告と同居していることは認め、その余は否認する。

(反訴)

一  請求原因

1 (慰謝料請求)

(一) (暴力行為)

原告は、以下のように、日頃些細なことでも被告に対し、暴力を振っていた。

(1) 昭和四八年二月ころ、原告は被告の口のきき方が悪いと言って被告に殴りかかり胸ぐらをつかんだ。

(2) 同年八月、被告が明石の実姉宅へ訪問の直前、原告は、被告に対し、暴力を振った。

(3) 昭和五三年九月、原告の母が急性肝炎で入院した際、原告は被告の言い訳も聞かず、被告を殴った。

(4) 昭和五六年一〇月、原告は食事中ささいなことに腹を立て、はしと茶碗を被告目掛けて投げ付けた。

(5) 昭和五七年三月二五日、原告は、被告が原告の女性関係について冗談を言ったことに激怒し、被告を激しく殴打したため、被告は一時失神し、その際全治一か月を要する左鼓膜破裂の傷害を受けた。

(二) (女性関係)

(1) 原告は、昭和五三年八月スナックの経営を始め、女性をスカウトするためと称して飲み歩くことが多くなり、スナック開店当時の「ママ」である女性に対していかがわしい行為を要求した。

(2) 昭和五五年春、スナックの「ママ」として雇われた甲野花子は、被告を侮辱し、原告とのいかがわしい関係を推察するに足りる言動を採った。

(三) 右(一)(二)のとおりの原告の行為や、日常の生活における原告の被告に対する思いやりのなさのため、被告は、精神的な苦痛を受け、また、離婚により極めて大きい精神的苦痛を受けることが予想され、右苦痛を慰謝するには、金一〇〇〇万円をもってするのが相当である。

2 (財産分与)

(一) 原被告が婚姻後に取得した財産としては、別紙物件目録記載の(一)の土地(以下「本件土地」という。)及び同(二)の建物(以下「本件建物」と言う。)等がある。

本件土地建物の時価は、五〇〇〇万円を下らない。

(二) 原被告夫婦には、婚姻当時、これといった財産はなく、婚姻後、原告は、タンクローリーの運転手、スナック経営に従事し、被告は家庭にあって大家族の家事や子供の養育に従事してきたのであり、本件土地建物は、原被告の協力により取得されたものであるから、被告の財産形成上の寄与度は四割とみるのが相当である。

よって、被告は、原告に対し、いずれも本訴請求に対する予備的請求として、不法行為に基づき慰謝料金一〇〇〇万円、離婚に伴う財産分与として金二〇〇〇万円の計三〇〇〇万円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1(一) 請求原因1(一)の冒頭部分及び(1)ないし(4)の各事実は否認する。同(5)の事実のうち、原告が被告を殴打したことは認め、その余は否認する。

(二) 同1(二)の各事実は否認する。

(三) 同1(三)の事実は否認する。

2(一) 同2(一)の事実のうち、原告が本件土地建物を取得したことは認め、その余は否認する。

(二) 同2(二)は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一本訴離婚請求について

1  〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によれば次の事実が認められ、〈証拠〉中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしにわかに採用できず、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  原告(昭和一八年五月一二日生)と被告(昭和一九年一月三〇日生)は、いずれも国籍を大韓民国とする在日外国人であり、日本国内で出生し、生活してきた。

(二)  原告と被告は、知人の全先禧の紹介で知り合い、昭和四五年一一月二四日婚姻し、昭和四六年九月二七日には長女真木をもうけた。

原告と被告は、原告の母、弟、妹らと同居し(六人家族)、原告は運転手として勤め、その収入の中から家計費を支出し、被告は家計の管理を行い家事に従事した。

(三)  原告は、被告の性格が我がままで原告を無視していると感じており、また、被告が度々実家へ帰ることを快く思っていなかったが、昭和四八年ころ、被告が何も言わずに出かける用意をしていたため、原告が「どこへ行くんだ」と言ったのに対する被告の返答に対し、原告は立腹し、被告の顔面を平手で一回殴打した。

(四)  昭和四八年八月ころ、被告の実姉宅訪問についての原被告間の意見の対立があり、けんかとなった際、原告が被告の荷物をまとめて被告の実家に送り返したことがあった。

また、昭和四九年七月ころ、被告の実母である金徳恵が原告宅を訪れ、酔余原告の実母に暴言を浴せ、暴行を働くということもあった。

(五)  原被告間のけんか等のトラブルは、その後しばらく特筆すべきものはなかったものの、ぎくしゃくとした状態が続いていたところ、昭和五三年八月原告は、本件建物の階下の一部を利用してスナックの自営を始め、被告は、原告が「ママ」として雇った乙川春子と原告との間の関係に疑問を持つようになった。

また、昭和五三年九月、原告は、原告の母が急性肝炎で入院した際被告が外出していたことに腹を立て、被告を殴った。

(六)  また、昭和五五年春には、甲野花子が右スナックの四代目の「ママ」となったが、被告は、同女が被告に対して言った言葉や原告が甲野をかばう等の言動から、甲野と原告との関係についても疑うようになり、その後、原告に対し、度々このことを口にするようになった。

そのため、昭和五六年秋ころからは、原被告間の仲は険悪となり、同年一〇月ころ食事中に右甲野の件で言い争いとなって、原告が、食卓の物を被告に投げ付けたこともあり、同年一一月からは、原告は、被告と一緒に食事をしない状態となった。

(七)  そのような中で、翌昭和五七年三月二五日原告の性的要求に対し、被告が、「甲野さんと寝たんでしょう。最初のママとも寝たんでしょう。」と言ったことがきっかけとなって、原告が激怒し、被告の顔面を平手で多数回にわたって殴打する暴行を加えたため、被告は、左鼓膜破裂の傷害を受け、完治まで数か月を要した。

そこで同日、被告は、家を出て実家に帰り、今日まで別居の状態が続いている。

また、原被告間の長女真木もその後しばらくして被告と同居するようになり、以後被告が養育している。

なお、原告は、被告との別居以降現在に至るまで真木の養育料(月当たり五万円)を定期的に被告に送り続けている。

(八)  被告は、昭和五七年一〇月東京家庭裁判所に家族関係調整の調停を申し立て、試験的別居の調停が成立した。

しかし、その後事態に変化が生じなかったため、原告は、昭和六〇年一二月東京家庭裁判所に夫婦関係調整の調停を申し立てたが、昭和六一年四月一八日不調になり、同年五月二〇日本訴を提起するに至った。

(九)  原告は、以前から借地(本件土地)上に建物を所有していたが、昭和四八年三月三一日本件土地を買い取り、昭和五〇年五月下旬本件建物を新築した。

(一〇)  現在、原告は、別にマンション(原告肩書住所地、57.91平方メートル)を購入して転居し、別の女性と同居しており、一方、被告は、被告肩書住所地で真木とともに生活し、会社勤めで月一三万円程度の収入を得ている。

なお、現在では、被告も、離婚自体については、やむを得ないものと考えている。

2  ところで、本件離婚の準拠法は、法例一六条により夫たる原告の本国法、すなわち大韓民国民法によるべきところ、前記1で認定した事実によれば、原被告間の婚姻生活は完全に破綻しており、その回復の見込みはなく、また、原告のみにその破綻の責任があるとも言えないから、原被告間には同法八四〇条六号にいう婚姻を継続し難い重大な事由があるというべきであるとともに、日本国民法七七〇条一項五号にも該当する。

よって、原告の本件離婚請求は理由がある。

3 本件離婚に伴う子の親権者指定については、法例二〇条により父の本国法である大韓民国民法によるものと解すべきところ、同法九〇九条五項によると親権者は法律上自動的に父と定まり、母が親権者に指定される余地はない。

しかしながら、本件においては、原告と被告は、生来日本に居住し、その長女真木も日本で生育してきたものであるところ、原告が養育料を定期的に被告に送り続けているとはいえ、母である被告が原告との別居直後からその子を監護養育してきており、すでに六年余を経過していることなどからすれば、子のためには、父たる原告がその親権者として適当ではないことが明らかである。

このような場合、大韓民国民法の右規定に準拠することは、親権者の指定は子の福祉を中心にして指定すべきものとするわが国の社会通念に必ずしもそぐわないこととなる。

したがって、本件においては、法例三〇条により、大韓民国民法の右規定の適用を排除するのが相当である。

よって、日本国民法八一九条二項を適用して、原被告間の長女真木の親権者を被告と定める。

二反訴慰謝料請求について

1 前記認定(一1(三)(五)(六)(七)の各事実)のとおり、原告は、婚姻期間中被告に対し、暴行を働いたことが認められる。

なお、被告代理人は、反訴請求原因1(二)の事実を主張し、前掲乙第一号証及び被告本人尋問にもこれに沿う部分があるが、これのみによっては不法行為を構成するものではなく、また、女性関係そのものを推認するに十分ではないというべきである。

2 ところで、離婚した夫婦の一方が他方に対し、離婚慰謝料として離婚によって生じた損害を賠償すべきか否かは、離婚の効力に関する問題として法例一六条により夫の本国法すなわち大韓民国民法が準拠法として適用されると解するのが相当である。大韓民国民法八四三条により準用される同法八〇六条一項及び二項によれば、当事者の一方は過失ある相手方に対し離婚による精神上の苦痛に対する損害の賠償を請求することができると定められているところ、右一によれば、原被告間の婚姻生活が破綻するに至ったのがいずれの責任によるものであるかについては、にわかに断定し難いものもあるが、原告の被告に対する暴力行為については、右1のとおりであり、少なくとも、右暴力が別居の直接の原因となったことが認められるのであるから、原告には右過失があると考えるのが相当であり、原告は、右により被告が受けた精神的苦痛を慰謝すべき義務があるものというべきであり、本件に表れた諸般の事情に照らせば、右は金二〇〇万円をもって慰謝するのが相当である。

三財産分与について

1 財産分与請求もまた、離婚慰謝料請求と同様に、離婚の効力に関する問題であるから、離婚準拠法すなわち本件においては大韓民国民法によるべきものと解すべきものであるが、同法はおよそ財産分与請求権を認めていない。

しかしながら、本件においては、原告及び被告は、いずれも生来日本に居住し、婚姻生活もまた日本で送ってきたところ、原被告が互いに協力して財産を形成してきた場合において、婚姻関係の解消に伴い大韓民国民法に従ってその財産分与を全く認めないことは、夫婦生活における個人の尊厳と両性の本質的平等を基本理念とする我が国の社会通念に反する結果となる。

したがって、本件においては、法例三〇条により大韓民国民法の適用を排除し、日本国民法七七一条、七六八条一項を適用すべきものと解するのが相当である。

2 前記認定並びに〈証拠〉によれば、原告は、現在本件土地建物及び前記一1(一〇)のマンションを所有しており、その時価は、本件土地が約一億九〇〇〇万円(抵当権等で約八〇〇〇万円の負担がある。)、本件建物が約二〇〇〇万円、マンションが約三五〇〇万円であることが認められる。

3  そこで検討するに、原告は、婚姻当時本件土地上に借地権付きの建物を所有していたこと、婚姻後、本件土地を購入し、また本件建物を新築したこと、その資金は、原告の農協からの借入金(六〇〇万円及び三一〇〇万円)によって賄われ、その大部分は原告の収入から返済されたが、一方、被告は、婚姻期間中、大家族の家事に従事し、その家計を預かることで原告に相当程度協力したこと等の諸般の事情を考慮し(清算的財産分与)、さらに、被告にはこれといった財産がなく、離婚後の生活に不安があるとの扶養的観点をも考慮に入れ、かつ、右2の本件土地建物等の価格等も併せ検討すると、原告は、離婚に伴う財産分与として、被告に金一〇〇〇万円を給付するのが相当である。

四結論

以上のとおりであって、原告の本訴離婚請求は理由があるから認容し、原被告間の未成年の子真木(昭和四六年九月一八日生)の親権者を被告と定め、被告の反訴慰謝料請求については、原告に金二〇〇万円及びこれに対する損害発生の日の後である本判決確定の日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、離婚に伴う財産分与については、原告に対し金一〇〇〇万円及びこれに対する本判決確定の日(離婚の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の各給付を命ずることとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を適用し、仮執行の宣言について、慰謝料請求部分(遅延損害金部分を除く。)は一九六条一項を適用し、その余は不適法であるからこれを却下することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官村重慶一 裁判官久我保惠 裁判官岩木宰)

別紙物件目録〈省略〉

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